周囲約3キロの小島。日露戦争前、日本はロシア海軍の瀬戸内侵攻にそなえて、小島に要塞を築きました。
中部堡塁にあった28センチ榴弾砲6門は、日露戦争中に撤去され、戦場に送られています。
うち2門は旅順に運ばれ、不落といわれた大陸の激戦地・203高地の攻略に重大な役割を果たしたと言われ、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」ゆかりの地として脚光を浴びています。
明治時代の海岸要塞としては、完全に近い状態で残っている日本唯一のものです。
周囲約3キロの小島。日露戦争前、日本はロシア海軍の瀬戸内侵攻にそなえて、小島に要塞を築きました。
中部堡塁にあった28センチ榴弾砲6門は、日露戦争中に撤去され、戦場に送られています。
うち2門は旅順に運ばれ、不落といわれた大陸の激戦地・203高地の攻略に重大な役割を果たしたと言われ、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」ゆかりの地として脚光を浴びています。
明治時代の海岸要塞としては、完全に近い状態で残っている日本唯一のものです。